標高一覧

岐阜城 | 岐阜の名を付けた信長が世に権力を見せつけるべく築城した難攻不落の城郭

斎藤家が城主としていた稲葉山城を織田信長が攻略し、小牧山城から移った際に地名を「岐阜」と改めたことで有名。遺構は石垣や曲輪、土塁、堀切等があるが、信長時代のものは非常に少ない。1956年(昭和31年)7月に建てられた望楼型3重4階の鉄筋コンクリート製の復興天守はかなり立派な作りとなっており眺望は格別である

小谷城 | 近江を制する者は天下を制すと言われる所以となった浅井家三代の居城

小谷城は古くから浅井家の居城としていたが、築城年は正確な資料がなくはっきりとしたことはわかっていない。三姉妹が肩を並べて見た琵琶湖の風景、妻子を残して自刃することとなった武士の無念など、名だたる戦国武将が必死になって攻め落とそうとしたこの城は、数少ない遺構だけで十分すぎるほど我々に伝えてくれている

洲本城 | 石垣や土塁の遺構だけでなく特徴的な日本最古の模擬天守も見どころのひとつ

室町時代の後期に三好氏の重臣である安宅(あたぎ)氏が築城したとされる洲本城(すもとじょう)。続日本100名城164番。三熊山という小高い山の頂上に本丸や天守跡がある。標高は133mであり山城の中では低い部類に入るが、景観は非常に良い。天守周辺からの眺めは淡路島百景や洲本八景にも指定されている景観である

三大山城、日本五大山城と日本五大山岳城の違いは何なのか

「日本五大山城」と「日本五大山岳城」については、小谷城と八王子城の変化があるものの、4城がかぶっている。日本100名城でも言えることであるが、「著名な歴史の舞台」、「地域の代表的なシンボル」、「文化財や遺構が当時のままどれだけ残っているのか」が重要なポイントなのだ。

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