
上田城 | 二度徳川に攻められても撃退を繰り返し戦国ロマンに溢れた難攻不落の城
大河ドラマ「真田丸」の舞台となった上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度に渡って追い返した難攻不落の城として有名。日本100名城27番。現在駐車場となっている尼ヶ淵から本丸を望むと、ドラマ真田丸にてCGで再現されていたものと同じく絶壁に立っていたであろう姿は今でも少なからず予測できる地形になっている
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大河ドラマ「真田丸」の舞台となった上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度に渡って追い返した難攻不落の城として有名。日本100名城27番。現在駐車場となっている尼ヶ淵から本丸を望むと、ドラマ真田丸にてCGで再現されていたものと同じく絶壁に立っていたであろう姿は今でも少なからず予測できる地形になっている
NHKの大河ドラマにて一躍有名となった真田丸。400年以上も前に取り壊されたことから詳細や真意は誰もわからないのは仕方がないことであるが、実際に現地を訪れてみるとこの場所に真田丸という砦が築かれていたことが予測できるような地形であり、悲劇の戦いであったが戦国のロマンを感じることができる
大河ドラマ「おんな城主・直虎」により有名になり、誰もが読み間違いをすることがなくなったであろう井伊谷(いいのや)だが、私は当初、(いいだに)だと思い込んでいた。地名や歴史上の人物、城名などは思い込みで読まず、しっかり調べるべきだと再度認識したのである。井伊谷は直虎や虎松がここで生まれ育った地である
浜松城は、歴代城主の中には幕府の要職に多くが就いたことから、のちに出世城と呼ばれるようになったのである。私が勝手に勘違いしていただけであるが、若き日の徳川家康がこの城に入った後、天下統一に向け邁進していく足がかりとなったために出世城と言われるのかと思っていたが、そうではないようだ。
当ブログのサブタイトルになっている「日本の城好きに悪人はいない」は、激混みの姫路城にて私が2015年の大型連休中に体験した当記事のことに由来している。新しくなり白く美しく光り輝く大天守への登城までに3時間以上の超大混雑にも関わらず、入城を待つ人からは文句も一つも聞こえてこないのであった。