上田城 | 二度徳川に攻められても撃退を繰り返し戦国ロマンに溢れた難攻不落の城

こんにちは、かずやんこ(kazuyanko)です。
今回は長野県上田市にある上田城。

上田城1 
上田城といえば東虎口櫓門。堂々とした構えだ

大河真田丸の舞台である難攻不落の名城

大河ドラマ「真田丸」の舞台である上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度に渡って追い返した難攻不落の城として有名である。日本100名城27番。

上田城3 
なぜか明治時代風な正面入口の二の丸橋

もちろん築城主は真田幸村の父である真田昌幸(さなだまさゆき)だが、真田氏が築城に関わる費用を負担したのではなく、上杉の対策として徳川家康に築城をしないといけなくなるよう仕向け、徳川氏の費用負担にて城を作ってしまったというエピソードも有名である。

上田城7 
いたる所にある真田石だが、もちろんここにも

田舎の国衆である真田氏がどれだけ優れた知恵と戦術を持っていたのかということと、お家の為ならばなりふり構わず主君を変えていく生き方は非常に爽快であり、戦国時代のロマンを感じるところの一つだ。

上田城3 
尼ヶ淵から長野県宝の西櫓方面を望む

現在の遺構に関しては、江戸時代になり小諸藩より移封した仙石忠政のものとなっており、真田時代のものは徳川氏がすべて取り壊しており何も残っていない。

上田城2 
千曲川が流れ天然の要塞となっていた形跡が伺える

ただ現在駐車場となっている尼ヶ淵から本丸を望むと、ドラマ真田丸にて幾度となく登場したCGで再現されていたものと同じく、絶壁に立っていたであろう姿は今でも少なからず予測できるような地形が残っている。

上田城6 
本丸跡から左が真田神社。右は県宝の西櫓

上田城天守の有無について

また、上田城は梯郭式の平城であり、天守がない構造だと考えられているが、発掘調査で金箔瓦や、金箔鯱が出土したり、寛永年間作成の絵図には天守跡の文字があるなど、天守を持っていた可能性も指摘されているのだ。

上田城5 
本丸方面から見た北櫓と東虎口櫓門

大河ドラマ「真田丸」のオープニング映像で備中松山城の天守が加工されて使われていたが、山城と平城の違いはあるものの、あながち間違っていたわけではないのだ。

上田城西櫓 
西櫓は内覧可能。現存の櫓は見どころの一つだ

難攻不落の要塞であり天守も構えていた城であったということを考えるだけでも歴史好き、城好きのロマンを掻き立てられるであろう。

真田丸大河ドラマ館 
真田丸大河ドラマ館(現在は閉館)

信州上田は何かのついでに立ち寄るというような場所ではないかもしれないが、ぜひ訪れていただきたいおすすめ城郭の一つだ。

アクセス


大きな地図で見る

長野県上田市二の丸6263番地イ (上田駅より徒歩約12分)
※櫓の内覧は冬季閉鎖期間あり

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