小谷城 | 近江を制する者は天下を制すと言われる所以となった浅井家三代の居城

こんにちは、かずやんこ(kazuyanko)です。
今回は、滋賀県長浜市にある小谷城。

小谷城1 
本丸跡の立て看板。二階建ての建築物があったとか

戦国ロマンに満ち、天下を制する野望と悲劇の舞台

数々の戦国時代を舞台とした大河ドラマや映画などで必ずと言って良いほど登場する戦国時代が大好きな方にはたまらない、小谷城(おだにじょう)。日本100名城49番。

小谷城2 
入口の立て看板。そろそろ交換の時期でしょうか

小谷城は古くから浅井(あざい)家の居城としていたが、築城年は正確な資料がなくはっきりとしたことはわかっていない。1524年頃ではないかと言われている。城郭は小谷山の山頂(495m)に位置し、日本五大山城の一つに数えられている。

小谷城3 
登山道はこんな感じが続く。晴れていれば歩きやすい

浅井家の三代目長政(ながまさ)と、織田信長の妹である、お市(いち)の方には二男三女の子がおり、数々の試練を超えた後に長女の茶々(ちゃちゃ)は後に天下を取った豊臣秀吉の側室に、次女の初(はつ)は従妹にあたる京極高次の正室に、三女の江(ごう)は徳川二代将軍・徳川秀忠の正室となるなど凄まじい生涯を過ごした三姉妹の話はあまりにも有名である。

小谷城4 
三姉妹が見ていた風景とさほど変わってないはずだ

その三姉妹が幼少の頃より過ごした小谷城は、一歩城郭に足を踏み入れた時より何か独特の情が込み上げてくるのがわかり、当時のことに思いを馳せながら城郭内を巡ると、自然と目頭が熱くなるのがわかるほどの感動を覚えるのだ。

小谷城5 
赤尾屋敷跡から見た本丸跡方面の石垣

浅井長政が自刃した後は豊臣秀吉に与えられた小谷城であるが、再度築城されることもなく廃城となったために、建築物等はもちろん何も残されていないが、逆にその後に城として使われなかったために、石垣や土塁、虎口や礎石等が破壊されずに現在まで残っている。

小谷城6 
馬洗池とある。ここまで馬で登っていたことがわかる

個人的に大抵の場合は模擬天守や塀等を再建するのに賛成派であるが、なぜかここ小谷城は多くの手を加えずに、このままの状態で保存して欲しいと願ってしまう城址なのだ。

小谷城7 
本丸から見た曲輪。建物があったことが想像できる地形

三姉妹が肩を並べて見た琵琶湖の風景、妻子を残して自刃することとなった武士の無念など、名だたる戦国武将が必死になって攻め落とそうとしたこの城は、数少ない遺構だけで十分すぎるほど我々に伝えてくれていると感じる。

小谷城8 
番所跡まで1.2Km。車で行けるが歩行者はここで左折だ

尚、山城であるが故に山登りを覚悟する必要があると思われがちだが、車で番所付近まで登ることができるため、山登りの装備はまず必要ない。頑張ればハイヒールでも行けるかもしれない。ただ遮るものが何もないために夏場は帽子や水、冬場は防寒対策は間違いなく必要だ。

小谷城外観 
ここからでは小谷城の全貌を見ることができない

城址に順位を付けるのはおかしな話ではあり、結局決められないのだが、「好きな城址は?」との質問をされた場合、間違いなく小谷城も頭をよぎるであろう。
天守閣が好きな方には物足りないと考えるかもしれないが、ぜひとも訪れていただき、感じていただきたい超おすすめの城址だ。

アクセス

JR北陸本線「河毛」駅よりバス9分「小谷城址口」

大きな地図で見る

<小谷城戦国歴史資料館>
〒:529-0312 滋賀県長浜市小谷郡上町(おだにぐじょうちょう)139番地
TEL:0749-78-2320

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