名古屋城 | 徳川家康の権力がいかに絶大であったのかがよくわかる旧国宝の名城

こんにちは、かずやんこ(kazuyanko)です。
今回は愛知県名古屋市中区・北区にある「名古屋城」。

※現在(2018年5月7日より)名古屋城は木造復元工事の為、天守閣へ入城不可。天守閣以外(本丸御殿等)は通常通り。木造になった天守の完成予定は2022年12月。

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名古屋城大天守。右下の石垣は途中から積み方が違うのがわかる

名古屋城はご存知の通り、徳川家康が天下普請により建設した城の一つである。第二次世界大戦の名古屋大空襲(昭和20年)にて天守や御殿等、ほとんどの建造物が消失するまで城郭第一号の国宝に指定されていた。

戦争がなければ間違いなく世界遺産の城郭

戦争さえなければ間違いなく世界遺産の仲間入りをしていたであろう24棟もの建造物が現存していたのである。戦火に強い石垣と堀は、ほぼ当時のままを残しているが、建造物の遺構は重要文化財に指定されている櫓と門が3棟ずつのみである。

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復元が完了している部分の本丸御殿内部

加藤清正が手掛けた天守台の石垣は家康の権力を象徴

どこの城郭でも言えることであるが、重機もない当時は大勢の人夫が人力にて石を遠方から運び、人力で石を積み上げている時代である。
その作業工程は想像を絶する過酷なものだったと予測できるが、この名古屋城の石垣に至っては石垣の積み上げを開始してから3ヶ月も経たずに完成しているのである。
家康の絶対的な命令がどれだけ大きなものだったのかがわかるとともに、それを成し遂げた多くの外様大名たちの力も今では考えられないものだったであろう。

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石落としが張り出した重要文化財の西南隅櫓(写真右端)

その天守石垣であるが、震度5強の地震をもってもすべて崩壊することなく耐え抜いた熊本城の石垣を手掛けた、加藤清正も普請に加わっているのだ。
文句の付けようがない美しい勾配と高さを持ち、打込接の工法でキレイに隙間を埋められ積み上げられた石垣は城マニアならずとも見ものである。

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二の丸広場横に清正の石引きを表した像がある

天守閣の木造化計画について

天守閣を木造にするということは、莫大な金額と時間がかかり、賛否両論もちろんあるだろう。ただ、観光スポットとしては大坂城等と比較して、何かインパクトに欠ける名古屋城。木造の復元天守ということになれば、間違いなく日本だけでなく、世界中の歴史好き、城好き、建築物ファン等が押し寄せてくるかもしれない。

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復元工事中の名古屋城本丸御殿

城好きな私としては本丸御殿と共に木造天守を大変楽しみにしている側の一人だ。しかしそれにより築城当初より残っている石垣を壊してしまったり、積み方を変更したりするようなことだけは賛同できない。日本の宝である当時の遺構の保存が何よりも大切なのは言うまでもない。

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天守中心部にある螺旋階段

また、復元するならば江戸時代の工法にできる限り近づけて行っていただきたいものだ。ただ、地震の多い日本列島。さすがに相当な震度まで耐えうる耐震補強はすることになるだろう。復元が進んでいく天守と本丸御殿。今後の名古屋城から目が離せない。

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