掛川城 | 日本初の木造復元天守は東海の名城と謳われた姿を完全に再現され城好きの心を掴む

こんにちは、かずやんこ(kazuyanko)です。
今回は静岡県掛川市にある掛川城。

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城址横には太田川に通じる川が流れており天然の堀となっている

NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」ゆかりの地として訪れる観光客も増加した掛川城址。日本100名城42番。
二の丸御殿は国の重要文化財であり、指定文化財が何かしら無いと、どうも物足りないという方でも十分に満足できる城郭だが、平成6年に木造で再建された天守についても御殿と並んで見応えがある。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」ゆかりの地

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天守の壁と塀の白壁がよく映え美しい

掛川城は室町時代に朝比奈泰煕(あさひな やすひろ)が築城したのが最初とされ、その百数年後の豊臣秀吉天下時代に家臣である山内一豊が入城し、天守や門を建築した。外観の美しさから「東海の名城」と言われていたが、嘉永7年(かえい:1854年)の東海地震により倒壊。その後廃城となり、再建されることなく140年の年月が天守無き状態で経過している。

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観光用に手すりなど整備されていて登りやすい

「おんな城主 直虎」では、武田氏に駿河を追われ、掛川城に立てこもっていたが、徳川氏に攻められ和睦を行うという場面で幾度となく登場した美しさだけでなく歴史的にも非常に重要な城だ。

140年ぶりに築城された木造本格天守

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狭間(さま)や石落としも忠実に再現されている。もちろん開く

140年ぶりに築城された天守は、複合式望楼型3重4階の入母屋造で、当時の絵図などを詳しく調査し忠実に再現されたものである。
天守内部は復興天守でよくある博物館のようになっているのではなく、建物自体を見せるように展示物等も最小限にしているところが城好きの心を掴んでいる。

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よくある武者隠し。すだれの仕切り

また、木造であることで、戦国時代に築城された当時は現在の復元天守のように木材も新しく、木の香りと温かみに包まれた天守であったであろうことを想像するだけで、現存している天守たちと同様に歴史を偲ぶことができる。

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天守台の石垣は上部だけ色が違い、積み直しの痕がわかる

復元された天守は延床面積304.96㎡、高さが16.18m。国宝犬山城の延床面積が699㎡であり、比較すると大きさではかなり小さい部類に入る。
大きな鉄筋コンクリート構造の外観復元天守も迫力があって楽しめるが、小ぶりでも木造で忠実に再現された天守のほうが私は好みだ。

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十露盤(そろばん)堀。たしかにそろばん型になっている

日本に3棟しかない重文御殿

掛川城の遺構は先に書いた二の丸御殿が現存しており、内部の閲覧も可能だ。二の丸御殿は二条城(京都市中京区)とともに2棟のみが現存という超が付くほど貴重な建造物なのだ。やはり重要文化財レベルになると、長き期間そこに立ち続けたその堂々たる姿に心奪われる。

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重要文化財の貴重な現存城郭御殿

内部にも貴重な品が展示されており、掛川城を訪れた際は天守で気持ちを高めたのちに二の丸御殿にもぜひ足を運び、どっぷりと歴史に浸りたいところだ。尚、参考までに、残りの現存御殿は、高知城(高知県高知市)と川越城(埼玉県川越市)である。

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御殿内の展示品。手前の大きな箱は車長持(くるまながもち)

時間に余裕のある方は、大河ドラマ「おんな城主 直虎」でも衝撃的なシーンであった井伊直親が今川氏真の命を受けた掛川城主朝比奈泰朝の部下に殺害された場所とされる”十九首塚”が掛川城近くにある。

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十九首塚史跡公園。掛川城から歩いて10分ほどで行ける

十九首塚は公園として整備されており、誰でも気軽に入ることができる。ただ、付近は住宅に囲まれており、訪れた際は平将門一門とともに井伊直親を静かに手を合わせる程度となるだろう。

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掛川城付近には「勇しぶ」のポスターが所々にあった

「勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。」というタイトル名の小説があり、原作者の左京潤さんが掛川城すぐ隣にある高校の出身だとのこと。漫画やアニメにもなっているそうだ。我ら城好きとしてはこのように色々なジャンルから、城郭や歴史が盛り上がっていくのは非常に嬉しい限りだ。

十九首塚史跡公園へのアクセス


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〒436-0043 静岡県掛川市大池1488番地の2
掛川駅1番バスのりばから市街地循環線「北回り」乗車。
「下俣町」下車徒歩3~4分。1時間に1本。100円。

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