浜松城 | 出世城の所以は家康が天下を取ったからではなく歴代の城主が出世

城好き(kazuyanko)です。
今回は静岡県浜松市中区にある「浜松城」。

浜松城3 
2017年大河ドラマ「おんな城主直虎」ゆかりの地。浜松城址。きれいに整備されている

のちに出世城と呼ばれるようになった所以

今川氏が衰退し徳川家康が入城した際に曳馬城(ひくまじょう)から改名された浜松城は、歴代城主の中には幕府の要職に多くが就いたことから、のちに出世城と呼ばれるようになったのである。
私が勝手に勘違いしていただけであるが、若き日の徳川家康がこの城に入った後、天下統一に向け邁進していく足がかりとなったために出世城と言われるのかと思っていたが、そうではないようだ。

浜松城の城主となった時点で大出世

浜松城19 
若き日の徳川家康公像が浜松の市街地を見守る

城主の多くが出世したとはかなり納得のいく命名だ。しかし25代もの城主がいたにも関わらず、幕府の重役になった人物は10名ほどのようで、これが高確率なのかどうかは判断が難しい。ただ、徳川家康が17年間も過ごした浜松城の城主になった時点で、すでに大出世なのではないかと言えそうだ。

浜松城5 
天守台石垣の上部と下部では少し色合いが異なる。積み直しの痕だろう

築城年も含め、今川氏が築城したと言われる浜松城(曳馬城)がどのようなものだったのかは不明であるが、1570年に徳川家康が入城した際に拡張した石垣と曲輪が現在の遺構である。続日本100名城に選定されている。

浜松城2 
大きな石も使われた荒々しい野面積みの石垣

さすがに戦国時代真っ只中に築城された城だけに荒々しい野面積みの石垣が城好きの心をくすぶる。もちろん何度か修復はされているであろうが、今もなお当時の形を残している石垣を見たり触れたりするだけでも何かパワーをもらえる気がしてくるのだ。

浜松城20 
平成26年に復元された艪門(やぐらもん)

浜松城天守閣について

尚、浜松城には石垣だけでなく模擬天守もあるのだ。これは賛否両論あるかと思うが、天守台の上に何も無いよりは、史実に基づいていないと言えども天守閣があったほうが雰囲気が良いし、当時の城主が天守からどのような眺めであったのかも体験することができるという利点もある。

浜松城12 
天守曲輪の周りは天然の崖のような構造になっているため、高い石垣を積む必要がない

ただ、せっかく天守を建築するのであれば、せめて天守台の大きさと同じ幅にできなかったのであろうか。どうしても幅の合わない箇所には違和感がある。もちろん予算の関係や当時の構造が不明であったなど色々な理由でこのようになったのであろう。

浜松城6 
天守台よりもかなり小さめな模擬天守

現在の天守が老朽化し、建て直しが必要になった折にはぜひ立派な野面積みの天守台にあわせた構造にしていただきたい。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク