岐阜城 | 岐阜の名を付けた信長が世に権力を見せつけるべく築城した難攻不落の城郭

こんにちは、かずやんこ(kazuyanko)です。
今回は岐阜県岐阜市にある岐阜城。

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岐阜城外観。山城であるため全景を写真に収めにくい

岐阜のシンボル的存在の岐阜城天守の眺望は圧巻

斎藤道三(さいとうどうさん)で有名な斎藤家が城主としていた稲葉山城を織田信長が攻略し、小牧山城から移った際に地名を「岐阜」と改めた岐阜城。日本100名城39番。難攻不落の城としても有名な岐阜城は、金華山(きんかざん)の山頂にあり、標高は329mある山城である。

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岐阜公園側の麓から見た岐阜城(左上)

遺構は石垣や曲輪、土塁、堀切等があるが、徳川家康による廃城令により建築物はもちろんのこと石垣も岐阜の平地にある加納城などに移されているため、信長時代のものは非常に少なくなっている。

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大規模な発掘調査中の信長公居館跡

近年は信長時代の遺構を発見するための発掘調査が大がかりに行われており、戦国時代のものとされる石垣などが新たに発見されいる。

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ブラタモリで話題となった高さ35mあるチャートの岩盤

現在、岐阜市や周辺の地域から肉眼で確認ができるほど目立つ場所に建てられている岐阜城天守は、1956年(昭和31年)7月に建てられた鉄筋コンクリート製の復興天守だ。天守台についても積み直しがされており当時のものがどれほどの規模であったのかを知る由は無いのが実情だ。

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積みなおした跡がある天守台は戦国時代の特徴である野面積みだ

しかし復興の天守と言えども望楼型3重4階の天守はかなり立派な作りであり、望楼型3重4階の天守内部にはもちろん入城することが可能だ(大人200円)。内部は全国の復興天守のほどんどがそうだが、ここ岐阜城も資料館となっており、土足でゆっくりと見学ができる。

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信長像は京都大徳寺にある像の模造であろうか

天守のすぐ傍にある資料館にも入場料共通で見学可能だ。見どころである望楼部分の最上階からは岐阜市や隣を流れる長良川が一望でき、天気の良い日ならば名古屋市付近や木曽御岳山まで肉眼で見ることができる360度大パノラマが楽しめる。

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景観は微妙だが鉄製の枠で安全面では申し分ない

城好きでない方もこのすばらしい眺望は文句の付けようがないはずだ。もちろん町並みは信長時代と完全に変わってしまっているが、眺めの良さやある程度の地形は戦国時代と変わらないはずであり、戦国ロマンを感じることができるであろう。東海地方を観光する際にはぜひ立ち寄っていただきたい城郭だ。

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長良川の流れは信長時代とは少し違うのだろうか

冒頭で記したとおり、ここ岐阜城のある金華山は300mを超える山城であるため、登るにはかなりの体力が必要なことも付け加えたい。

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天気が良いと木曽や乗鞍の山々まで一望できる

様々な登山コースが用意されているが、中には手を付いてでないと登れないような急斜面や、危険を感じる場所もある。ある程度身軽な服装や丈夫な歩きやすい靴、水筒やペットボトル等の水分を忘れずに用意しておきたいところだ。

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山頂にあるりす村。デートで訪れる際は鉄板だ

ただ、難攻不落の城を体験するという意味ではわかりづらくなるが、ほとんどの人は金華山麓にある岐阜公園内から乗ることができるロープウェーを使い、山頂までワープする。山頂までは3~4分といったところだ。

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ロープウェーはガイドさんが同乗し色々解説してくれる

体力に自信の無い方や時間の無い方、初めて訪れる方はこちらをおすすめする。しかし往復で1,080円するため、健康の為に徒歩で城攻めをし、浮いたお金でおいしいものを食べるのも悪くない。

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天守まで行くにはこのような急な階段がある

ロープウェーはほぼ山頂付近まで連れて行ってくれるが、天守までは多少の階段やせまい通路を通る必要があることには注意が必要である。

アクセス


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〒500-0000 岐阜県岐阜市金華山天守閣18番地
TEL058-263-4853 FAX058-263-4853

バス:JR岐阜駅から12番、13番乗り場。名鉄岐阜駅から4番乗り場から乗車
駐車場:〒500-8002 岐阜県岐阜市御手洗 TEL:058-262-4787
1時間無料、以後300円

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