古渡城 | 14年で廃城となった織田信秀が居城とした城は隣接の公園内が有力か

こんにちは、かずやんこ(kazuyanko)です。
今回は愛知県名古屋市中区にある古渡城。

古渡城1 
東別院境内の鐘楼横に古渡城址の石碑がある

古渡城跡は隣接する公園内が有力か

542年頃、織田信長の父である織田信秀が熱田(現名古屋市熱田区)を掌握し今川に備えるために築城したとされる古渡城(ふるわたりじょう)はその後、末森城へと移るまで14年という短い期間で廃城となった城であるが、東西に140メートル、南北に100メートルほどの規模であり、二重の堀が巡らされていた立派な作りであったと言われている。

古渡城2 
さすがは東本願寺の別院。立派な本堂である

戦国時代に廃城となっただけあり現在の遺構は何もないが、ここに城があったであろう面影は少なからずあるのだ。

東別院 
古さはないがこちらも立派な山門

古渡城址の石碑が建っているのは、真宗大谷派の名古屋別院(東別院)内にあるのだが、東別院の境内を出た東側には「下茶屋公園」という公園がある。

古渡城3 
何となく城跡感を匂わせる雰囲気の公園

ここの立て看板には、かつて旧東本願寺別院・新御殿の後庭があったところだと記されており、さらに周辺一帯は古渡城跡地でもあり、尾張名所図会(幕末)の「東本願寺 掛所」によれば、「古渡古城天守臺址」とあるのだ。この時代に天守たる建造物があったのであろうか。

古渡城4 
完全に池の跡だが、城跡に見えなくもない

この下茶屋公園内の外周は土塁のような作りとなっており、その隣には大きな道路が走っている。公園内に城があり、周りは大きな堀であった可能性が何となく想像できるのだ。

古渡城5 
何となく歴史的なパワーを感じてしまう公園

後に大きく歴史を動かすこととなる若き日の織田信長や、古渡城築城と同じ頃に生まれた徳川家康がこの周辺で遊んだり修練をしたり過ごしていたことは間違いなく、遺構が何も残されていないにしても、当時を偲びながら東別院にて手を合わせ、下茶屋公園をゆっくり散策するのは歴史好きにはたまらないであろう。

古渡城6 
桶狭間の戦い-人生大逆転街道とある

最近、織田信長にゆかりのある歴史スポットで万松寺や豊國神社等で景品がもらえるスタンプラリーを開催するなど、整備が進んできている。
そのスポットに選ばれている古渡城址は名古屋を訪れた際にぜひ立ち寄っていただきたいおすすめスポットのひとつだ。

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