日本の城郭一覧

淀城 | 戊辰戦争の初戦である鳥羽・伏見の戦いにて登場することとなった淀藩の城郭

豊臣秀吉が茶々に与えた城とは別である第二の淀城は、明治4年に廃城となるまで250年近く大名家の居城として使用されていた城郭である。現在の遺構は石垣や堀のみとなるが、築城時は連立式望楼型5重5階の立派な天守があった。街中にある小さな城郭でここまでよく残っているのは珍しいのではないだろうか。

彦根城 | ひこにゃんが迎えてくれる国宝天守のみならず現存の櫓や門など見応え十分な城郭

子供にも大人気のご存知ひこにゃんが迎えてくれる国宝に指定されている現存天守は、小ぶりに見えるが、白い壁に華頭窓が多用された上層部分とともに、破風の説明をするにはもってこいと言わんばかりの様々な破風の組み合わせを取り入れた、一度訪れた人ならば他の城との区別がすぐにつく特徴的な外観だ。

岐阜城 | 岐阜の名を付けた信長が世に権力を見せつけるべく築城した難攻不落の城郭

斎藤家が城主としていた稲葉山城を織田信長が攻略し、小牧山城から移った際に地名を「岐阜」と改めたことで有名。遺構は石垣や曲輪、土塁、堀切等があるが、信長時代のものは非常に少ない。1956年(昭和31年)7月に建てられた望楼型3重4階の鉄筋コンクリート製の復興天守はかなり立派な作りとなっており眺望は格別である

小谷城 | 近江を制する者は天下を制すと言われる所以となった浅井家三代の居城

小谷城は古くから浅井家の居城としていたが、築城年は正確な資料がなくはっきりとしたことはわかっていない。三姉妹が肩を並べて見た琵琶湖の風景、妻子を残して自刃することとなった武士の無念など、名だたる戦国武将が必死になって攻め落とそうとしたこの城は、数少ない遺構だけで十分すぎるほど我々に伝えてくれている

清州城 | 清州会議でも有名な織田信長公天下布武の出発点となった城

織田信長がここから桶狭間の戦いへ出陣したことや、信長と徳川家康が手を組んだ清州同盟、本能寺の変の後、後継者を決定する清州会議が行われた城として非常に有名な城郭である。遺構がほとんど残っていない幻の城とも言える清州城であるが模擬天守にはゆっくり楽しく見物ができるよう工夫がされているおすすめの城郭だ。

名古屋城 | 飲食ゾーン「金シャチ横丁」オープンで城下町が観光客で賑わう

金シャチ横丁がオープンし、城下町が観光客で賑わう名古屋城。リニューアルした点といえば、再入場のシステムだ。ディズニーやUSJのように再入場のシステムが導入されているのである。正門にあるブラックライトで判別できる蛍光塗料のスタンプを手に押すというシステムが導入されたのだ。これにより何回でも出入りが可能となった

安土城 | 壮大な石垣だけでも信長の野望を感じ取ることができる全国屈指の名城跡

織田信長が丹羽長秀らに命じ完成させた城。日本100名城51番。世界初の地上6階建ての木造高層建築物であり、石垣からの高さは約32メートル、総高さは約46メートルと推測。当時の状態が440年経過した現在まで完璧に残っているのは竹田城同様、穴太衆の計算し尽くされた完璧な野面積みの成果なのは間違いない。

金沢城 | 加賀百万石といわれる前田家の豊富な財力を感じられる全国有数の広大な城郭

兼六園の隣に位置し重要文化財の建造物を無料で開放している金沢城は人気の理由がよくわかる。現在の釘やボルト等を使わず木造にて復元された菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓は誰でも見学ができるようバリアフリーになっているなど他の復興城郭でも参考になる点は多いのではないだろうか。

上田城 | 二度徳川に攻められても撃退を繰り返し戦国ロマンに溢れた難攻不落の城

大河ドラマ「真田丸」の舞台となった上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度に渡って追い返した難攻不落の城として有名。日本100名城27番。現在駐車場となっている尼ヶ淵から本丸を望むと、ドラマ真田丸にてCGで再現されていたものと同じく絶壁に立っていたであろう姿は今でも少なからず予測できる地形になっている

古渡城 | 14年で廃城となった織田信秀が居城とした城は隣接の公園内が有力か

542年頃、織田信長の父である織田信秀が熱田(現名古屋市熱田区)を掌握し今川に備えるために築城したとされる古渡城(ふるわたりじょう)。隣接する下茶屋公園内の外周は土塁のような作りとなっており、その隣には大きな道路が走っている。公園内に城があり、周りは大きな堀であった可能性が何となく想像できる。

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